大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和47年(行ウ)9号 判決 1975年9月25日

原告 藤井了

被告 光税務署長

訴訟代理人 堂前正紀 松下能英 ほか一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

「被告が原告に対して、昭和四七年三月二三日付でなした督促処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

被告は、原告の昭和四六年度所得税六〇万一、二〇〇円がその納期限昭和四七年三月一五日までに完納されないとして、原告に対し、昭和四七年三月二三日付F第三三号の督促状により、本税六〇万一、二〇〇円、延滞税九〇〇円、合計六〇万二、一〇〇円について納期限を昭和四七年四月三日と指定して、その納付を督促した。

しかしながら、原告は、かねて自己所有の農地一町五反余を自作農創設特別措置法により買収されたが、その買収令書の交付がないことから提起した農地買収処分無効確認請求事件の再審訴状却下命令に対する特別抗告却下決定に対し、昭和四五年四月二三日、更に、最高裁判所に特別抗告の申立をなしたにも拘らず、これに対する裁判の遅延により、相当額の損害を受けたが、同裁判所裁判官の故意または過失によるものであるから、国に対し、国家賠償法に基づく損害賠償債権を有するので、昭和四七年三月一五日、前記所得税の確定申告に際し、右損害賠償債権を自働債権として、前記六〇万一、二〇〇円の所得税債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示は、その頃、被告に到達した。従つて、原告の右所得税債務は消滅し、もはや、滞納の事実はないといわなければならない。しかるに、原告の右所得税滞納の事実を前提とする本件督促処分は違法である。

かくて、原告は、昭和四七年六月一〇日、本件督促処分について、被告に異議の申立をしたところ、被告は、同月二九日、原告の右異議申立を棄却する旨の決定をした。

そこで、原告は、被告に対して、本件督促処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。

なお、原告は、被告の右督促状を受けた後、昭和四七年四月二八日、前記相殺の主張をなしたのに対し、被告は、同年五月二五日、国税については国税通則法の規定により相殺は許されない旨通知し、同年六月三〇日、原告が野村証券株式会社徳山支店に対して有する鹿島建設株式会社の株券二、〇〇〇株に対し、滞納処分による差押処分をしたので、これに対し、原告は、同年七月二四日、広島国税不服審判所に審査請求をしたが、国税不服審判所長は、同年一一月二七日、右審査請求を却下する旨の裁決をし、同年一二月四日、原告にその旨の通知をなした。

二  請求の原因に対する被告の答弁

原告の主張事実のうち、被告が、原告の昭和四六年度所得税について、原告に対し、その主張のとおり督促をしたこと、原告がその主張の頃なしたその主張のような相殺の意思表示が被告に到達したこと、原告主張の各日時、その主張のような経過によつて、その主張のような差押、審査請求、裁決がなされたことは認めるが、その余の点は否認する。

原告は、昭和四七年三月一五日、被告に対し、昭和四六年度分所得税の確定申告をなしたので、同日までに納付すべき所得税額を金六〇万一、二〇〇円と確定した。ところが、原告は、右所得税を納期限までに納付しないので、被告は、納期限から二〇日以内の昭和四七年三月二三日付F第三三号の督促状を原告に宛てて発し、右所得税および延滞税の納付を督促した。このように、被告の右督促処分は、国税通則法の規定に従つてなしたものであり、適法である。

仮に、原告主張の自働債権が存在するとしても、国税通則法第一二二条は「国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは、法律の別段の規定によらなければ相殺することができない。」と規定し、一般に国税債権と私人の有する金銭債権との相殺を禁止している。しかも、右法条にいう「法律の別段の規定」は現在までのところ制定されていないし、本件損害賠償請求債権が、この「法律の定める別段の規定」と認めることはできない。従つて滞納の事実がある限り、被告の本件督促処分は適法であるといわなければならない。

従つて、原告の本訴請求は失当である。

第三証拠<省略>

理由

本件訴は、原告において、被告が原告の昭和四六年度所得税について、原告に対し、昭和四七年三月二三日なした督促処分の取消を求めるものであるが、そのような督促が取消訴訟の対象となり得るかどうかについて検討する。

現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりるうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないと解するのを相当とするが(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決、民集二二巻二二号三一四七頁参照)、国税通則法第三七条および国税徴収法第四七条によれば、督促は、納税者が国税を納期限までに完納しない場合、その納税者に対してなされる納付の催告であり、租税の強制徴収手続たる滞納処分を実施するための前提要件であるから、督促しないで滞納処分を実施すれば、滞納処分が違法となる。督促は、本税にあわせて延滞税についてもなされるが、延滞税は、すでに額等の具体化した本税の納期限に完納されないことを条件とし、法定の割合によつて計算された額について、納税告知の手続を経て、本税に附帯して徴収されるものであり、督促そのものの効果ではない。また、督促は、国税徴収権の消滅時効の中断事由となるが、それ自体独立して国民の納税義務の存否および範囲に直接具体的な変動を及ぼすものではない。従つて、本件督促処分も、また、それによつて原告の権利義務に対して直接影響することはないと考えられるから、本件取消訴訟の対象にはなり得ないものと解すべきである。

そうしてみると、原告の本件訴は、その余の主張について判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田治 山本博文 新谷勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例